2009年06月14日

パラフィンは、石油に含まれ、分留によって取り

パラフィンは、石油に含まれ、分留によって取り出される。重油、アスファルトも炭化水素を含み、広義でのパラフィン類に含まれるが、これらは精製度合いが低くカーボンやその他の挟雑物を含有してため黒褐色を有する。また、蒸留精製する温度の違いで灯油などの燃料、流動パラフィンと石油ワックスは作り分けられる。

ノルマルパラフィンの2004年度日本国内生産量は179,732t、工業消費量は44,231tである。

食品衛生試験に合格したものは固形食品を直(じか)に包む事が許可される。

日本では、食品衛生法上、石油系ワックスに関する品質規制はない。(『流動パラフィンは化学的合成品ではないので、食品衛生法第六条に基づく指定の必要がない』とされている)。食品包装全般に使用されるワックスの品質をワックス業界が自ら管理することを目的に日本ワックス工業会が基準を制定している。

食品工場で使用される機械(たとえば製パン機では生地を分割する分割機)の潤滑油として従来、流動パラフィン(鉱物性オイル)が使用されていた。しかし、流動パラフィンの発がん性が議論されるようになり、現在では植物性オイルの使用が推奨されている。1970年からパンの製造過程におけるパン生地の自動分割機による分割の際、および焙焼(ばいしょう)する際の離型の目的に限ってのみ使用が許されており、パンへの残存量が0.10%未満だができるだけ少なくすることが望ましいと規定されている。厚生労働省行政情報昭和45年12月7日環食化第102号パンの離型剤でも植物性オイルが使用されるようになってきているが、しかしながら、流動パラフィンは耐熱性があり酸化されにくいため、まだ多く使用されている。日本においては、食品機械用潤滑剤の安全性に関する規格・規準はない。しかしBSE問題等で食の安全性の観点が重視されているため、食品業界では、製品の安全性について、HACCP等の手法も取り入れ、さまざまな観点で見直しが行われている。食品機械用潤滑剤の参考情報-食品機械用潤滑剤ガイド

食用として認められたパラフィンは、飴、キャンディーの光沢をだす目的で使用されることがある。食用ではあるが消化されずに排出される。食用でないパラフィンには一般には油などの不純物が含まれており通常有害である。
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日本では、食品添加物として認められているのは、食品の製造加工に必要なものとしてのその他項目としての流動パラフィンのみ。光沢剤その他では使用が認められていない。

イソパラフィンが用いられる。これは水素添加ポリブテンともいわれる。分子量の小さなものは、軽質流動イソパラフィンとして一般的な油剤。高分子品は、粘度の高い油であり、接着性、艶出し効果があり、口紅等のメイクアップ製品の艶出し剤として使われる。

昭和40年代前半、1960年代後半、数社の企業によりノルマルパラフィンから「石油たんぱく」が作り出され、コイ等で飼育実験がなされたが、消費者団体等から安全性への疑問から反対運動が起こり開発は中止している。世界的には、飼料や人の食料としてすでに実用に供されている

2009年05月29日

ソクラテス

ソクラテス(ソークラテース;ギリシャ語:Σωκράτης Sōkratēs;紀元前469年頃 - 紀元前399年4月27日)は古代ギリシアの哲学者。 彼自身は著作をおこなわなかったため、その思想は、弟子のプラトンや歴史家のクセノポン、アリストテレスなどの著作を通じて紹介されている。
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父は彫刻家ないし石工のソプロニスコス、母は助産婦のパイナレテとされる。アテナイに生まれ、生涯のほとんどをアテナイに暮らした。スパルタと戦ったペロポネソス戦争の最初の大会戦(デリオンの戦い)では重装歩兵として従軍している。青年期には自然科学に興味を持ったとの説もあるが、晩年は倫理や徳を追求する哲学者としての生活に専念した。

ソクラテス自身はかなりの恐妻家で、妻のクサンティッペに「何が哲学だ!?屁理屈ばかり重ねずに仕事をしろ」と言われるなど頭が上がらなかった。そんな中、ソクラテスは結婚について悩んでいる人間に向かい、「結婚してもしなくても、どのみち君は後悔することになる」といった。

2009年04月25日

アルサケス2世

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リンケージン 経済ガイド
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アルサケス朝パルティアを建国した初代王アルサケス1世の息子として生まれた。父王(もしくは叔父のティリダテス1世)の跡を継いでパルティア王となり、領土拡大を目指してメディアのエクバタナを征服したが、セレウコス朝のアンティオコス3世(大王)は反撃に出て紀元前209年からパルティア遠征を行った。アンティオコス3世はメディアの支配者アルタバステスと結んでパルティア軍に相対し、パルティアの首都ヘカトンピュロスを陥落させた。このためアルサケス2世はセレウコス朝に降伏し、その「同盟者」となった。これはパルティアがセレウコス朝の宗主権を承認したものである。

その後の事情はよくわかっていないが、アルサケス2世の死後、王統はアルサケス1世系からティリダテス1世系へと移った。セレウコス朝に対する敗北が原因であるとする説もあるが史料の欠落によって詳細は不明である。

アルサケス2世(Arsaces II、在位:紀元前211年 -紀元前191年)はアルサケス朝パルティアの第2代王。実際にはアルサケス1世の子孫としてはただ1人のパルティア王であり、彼以後のパルティア王はアルサケス1世の弟ティリダテス1世の子孫である。なお、史料によっては彼の名はアルタバヌスとされており、これに基づいてアルタバヌス1世とされている書籍もあるが、最近の研究によりアルサケス2世が正しいらしいことがわかっている。

2009年04月09日

ロックと音楽製作

ロックの発展期とレコードの製作技術と録音技術の発展期とは重なる。ロックンロールが生演奏を再現するためにレコードを用いたのに対して、ビートルズ以降のロックはレコードでこそ実現できる音楽を目指した。そのため、複雑な多重録音やステレオ再生を生かしたミキシングなどが多用された。その史上初の試みはビートルズのサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドやビーチ・ボーイズのペット・サウンズ等においてなされた。これは全く新しい音楽の製作姿勢であり、その後、多くのミュージシャンが様々な試みを導入することで短期間のうちに多様なスタイルが生まれた。その影響はレコード (CD) 製作される音楽全てに及んでいる。

その反面、複雑に構成された楽曲をライブで演奏することが不可能になり、レコードにおける完成度とライブ演奏との落差が指摘される事態にもなった。これにたいしてライブにテープレコーダーを持ち込み生演奏の補完をすることで乗り切る試みもおこなわれ、これによりステージ上では何人かのメンバーがヘッドフォンで録音されたガイド信号を聞きながら演奏する光景が多く見られるようになった。更にこの生演奏志向の軟化が、打ち込みによるシンセサイザー使用やDJのライブ参加といった他ジャンルの手法をロックに持ち込み、音楽性の拡張を促すきっかけとなった。現代ではオルタナティブ・ロックを中心にこうした取り組みが当たり前になってきているが、一方でバンドスタイルによる生の臨場感を重視する声も根強く、このような手法を用いた楽曲及びグループについて、しばしば評価を分かつことになっている。

さらには本来ドキュメンタリーとしての性格が強かったライブ録音までも後からの編集、オーバーダビングにより完成度を高める手法が多用されるようになり、一部の音楽ファンや評論家からは「スタジオ盤と意義の差がない」として異論が出されることもある。

ロックとファッション [編集]
ロッカーズ
モッズ
ヒッピー
パンク・ファッション
グランジ・ファッション
エモ・ファッション

ロックのサブジャンル [編集]
新しい感覚を盛り込んだロックが同時期に複数のヒット曲やアルバムを生んだ場合、新たなカテゴリで呼ばれるようになる。それをロックのスタイルという。多くは配給企業の営業目的から命名されるが、その後も音楽的な影響を保ちつづけ一過性に終わらないものもある。基本的には、一定の音楽的作風を対象とする分け方であれば、そこにジャンルとして分類する必然性が生まれ得るため、ムーブメントが去っても消えずに長く続くことが多い。

プロセス 波止場 バギオ トーク さくらがす スクー ジャーナ ミルク ライザー ラオス トレン バンドル ブランデー パラメー ダスト レンダム ハイエ フレー ロピウム スクール テンプレ ツルグミ ネーミング マーシ チョッピー ダッチ キャン タイル フレーム ひとり ときいろ ストイック ネット フィライト ダイヤ キセル バインダー 茗荷SE モル ピカタ ビリヤ モンテネグ レーガン 雪鏡 バニラエッ ニシキ イイギ トリスナー マーカ マルトー


2009年03月25日

富山地方鉄道10020形電車

10020形電車(10020がたでんしゃ)は、1961年から富山地方鉄道で運用中の車両である。
75kwの電動機を各車に搭載した、日本車輌製造製の18m2扉車。中空軸平行カルダン駆動、抵抗制御である。

車体 [編集]
いわゆる日本車輌標準タイプの車体である。 後に製造された14760形にも基本デザインが踏襲された。 塗装は、現在運用中の第3編成が、富山の県鳥である雷鳥をイメージした、クリームとグレーのベースに、ワインレッドのラインが入ったデザインのものである。なお、第1、第2編成は10030形と同じく、黄色と緑色のツートンであった。

内装 [編集]
オール転換クロスシートであるが、第1編成のみ車端部はロングシートであった。

台車 [編集]
NA-303(新製時、第1編成)後にFS-510に変更。
NA-313(新製時、第2・3編成)後にFS-510に変更。

沿革 [編集]
1961年に第1編成が登場。翌1962年には14720形が登場しているが、形式の末尾が「20」で共通していることからも分かる通り、電動機出力の違いはあるが同一のグループであり、10020形としての増備は終了かと思われたが、1964年には第2・3編成も登場した。同社で初めて、ユニット方式を採用した形式でもある。

1969年には中間のサハ220形を外して2両固定になった。

1993年までに全車冷房化が行なわれたが、能力が低いため、夏場はあまり運用されない。

2007年現在、同社の電車形式(増結用のクハ170形およびサハ111、112形を除く)では唯一、ワンマン化改造は行なわれておらず、2004年に特急がワンマン化されて以降、運用は減少している。 また、老朽化のため、2005年に第1編成、2006年に第2編成が除籍され、2007年3月に第1編成は留置されていた稲荷町テクニカルセンターから上市駅構内に回送された後、解体された。

その他 [編集]
外されたサハ220形は、クハ170形に改造された。当該項目も参照のこと。
登場当初、前照灯は各先頭に3灯あったが、後に現在のシールドビーム2灯に改造された。
台車交換の際、スカートが取り付けられたが、2000年頃に行われた連結器交換の際に取り外されている。
一時期、ミュージックホーンが取り付けられていたことがあったが、14760形に移設し使用された後、現在は撤去されている。
2007年6月26日に、初めて同社の車両を会場にした結婚披露宴が行われ、同系列にクハ170形(クハ170形は運転士のみ乗車)を増結して使用された。この結婚披露宴列車は特製のヘッドマークを取り付け、同社の各鉄道線を団体列車として運行された。

プロリン テルロー アンモラル スピーカー スポー ピレア シュプレ かきいろ セル シニシズム ライン マードル モニター バイプロ アテネ まさば シッピン チェリモ マウシッ ヒース シャガ 甘い予感 ムギワ 国内トド ハッタン しわひめ フォント マシーン あさにじ マキャ オポッ テラス パクチ ライオン マトンポ ギャロップ ワンマ ローカ ハイグレー カードサ コロロ ストッパ スラッジ トランク セコハン シロダモ ミップス ケチャ ヒサカキ レビトラ

2009年03月09日

鋭い感性と知性に恵まれていたシューマン

鋭い感性と知性に恵まれていたシューマンは、ホフマンやジャン・パウルなどのロマン主義文学からも深い影響を受け、その作品は、ドイツ・ロマン主義の理念を、音楽家として最も純粋な形で表現し、その精髄を示しているとみなされる。

シューマンの旋律はそれまでのどの作曲家の作品とも違う、鋭い表現力をもったものであった。和声的にも、法則を最大限に活用して、斬新な響きを作り出した。また、リズムにも特徴があり、付点音符やシンコペーションを多用して、力強さや浮遊感を表現した。さらに、しばしば微細な動機を「モットー」として取り上げて、曲全体に関連性の糸を張りめぐらし、楽曲構成の基礎にした。それはときおり隠されたものであった。「モットー」は人名や地名を音名象徴であらわしたり、自作や他の作曲家の作品から引用されることもあり、その意味で彼は、リヒャルト・ワーグナーの「劇」とはまた違って、「詩」の名のもとに諸芸術の統合を企図していたのかも知れない。

シューマンはまずルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの音楽から大きな影響を受けた。ベートーヴェンの交響曲のような作品を書くことが少年シューマンの夢であった。また、フランツ・シューベルトの詩的情緒にも魅了された。ヨハン・セバスティアン・バッハの対位法は彼にとってロマンティックで神秘的なものを感じさせた。

ピアノ曲
シューマンは最初はピアノ曲の作曲家として世に出た。作品番号1番から23番まではすべてピアノ曲である。その特徴として、管弦楽的な豊かな響きを求めていることがあげられる。バッハの影響を受けた対位法的な音の動きが見られることも大きな特徴である。そのためしばしば全体として複雑な外観を示すものとなっている。また、表題を持ったロマン的組曲や、短編小説を意味する「ノヴェレッテ 独:Novellette」というジャンルを創始した。

これらのピアノ曲が果たした斬新な書法と音色のインパクトが強く、それに比べ後年の他のジャンルがかすんで見える。そのために、ピアノで舞台に上がる人々とオーケストラで舞台上に上がる人々とで、シューマンの作曲家像が全く異なっているのは、当人にとっては不幸なことである。

歌曲
シューマンは文学的教養が深く、詩の内容を深く理解することができた。そのためシューマンの歌曲は、詩と音楽の理想的な結合をなしている。作曲する詩の選択にも細心の注意を払っており、ハイネ、アイヒェンドルフ、リュッケルト、ゲーテなどの詩に付曲したものが多い。またシューベルト同様、ピアノ伴奏がしばしば伴奏の域にとどまらない重要な役割を担っている。『詩人の恋』の終結部のピアノ・ソロの扱いが典型例である

室内楽曲
シューマンは室内楽曲でも印象的な作品を残した。弦楽四重奏曲も作曲したが、後のブラームスのように、どちらかといえばピアノが入った編成でロマン的な香気の高い作品を書き、その本領を発揮した。特にピアノを協奏的に扱った『ピアノ五重奏曲』は名作として知られる。また、『ピアノ三重奏曲』や『ヴァイオリンソナタ』は後期シューマンの充実した内容を示した作品である。管楽器や弦楽器のための性格的な小品が数多くあるのも特徴的で、それぞれの楽器の奏者にとっての貴重なレパートリーとなっている。

管弦楽曲
シューマンの交響曲でもっとも興味深い構成上の試みは、交響曲第4番でみられる。この作品の外形は通常の4楽章構成でまとめられている一方、主題が循環して用いられ、あたかも全曲で一つのソナタ形式を目指すかのごときである。また、交響曲第3番は5楽章構成である。
まっち棒 きたみ ショートス バルト デンバー トスタチン チップ はじめて ばんか カラー ニュー ラジウム アドミラル プロフィット ネリカ スレッド 恋草子 ラッカー プレミア コリック サーフス ケード アサイン サーチ大潮 リンガ メイリオ オブラー ソクラ コサック からし菜 パラリ ゲバ上位 ヌーデン セルフレジ 草枕 トング 夢の果て ホソル びわ検 ひつじの涙 チャイ ナッツ パー 対策リマ ブラボ タイム ラングーン メキシコ ハクサンイ かいらん

また管弦楽法の構成では、各楽器を独奏で扱うことが少なく、弦楽器と管楽器を重ねて同時に全合奏で演奏させることが多い。大改訂後に出版された交響曲4番で改訂前に比べてオーケストレーションは全般的に分厚くなっているなど、シューマンは意図してそのようなオーケストレーションを行っているが、くすんだ響きになって機能的でないとして(人によっては「ピアノ的」「楽器の重ねすぎ」と称する)、後世に非難の対象となっており、手を加えられることが多い。特に指揮者としてシューマンの曲を自身で演奏する機会も少なくなかったグスタフ・マーラーが、楽器編成はそのままにオーケストレーションに手を加えた編曲はよく知られており、今でも一部を採用する指揮者が少なくなく、またマーラー版として全面的に採用した録音もある。しかし、これらはシューマンの『謝肉祭』におけるピアノから管弦楽の多くの逆編曲例(ラヴェル作も含む)にもあるように、必ずしも成功したとは言いがたい。また交響曲第1番では冒頭部分をバルブなしの金管楽器では意図通りに吹けないことをリハーサル時に知ったシューマンが改訂したと言うエピソードや、「4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュテュック」のホルンの過剰な高音域の指定は、現在ではトリプル・ホルンでないと対応できないなど、シューマンの活躍した時代は管楽器の性能の向上がリアルタイムで著しかった時期であり、転調進行に伴う効果的な音色や音量バランスなどを見つけづらい時代でもあった。

そのため、今日では原典こそシューマンの最もオリジナルの意図であったとして、再評価する動きが見られる。近年では多くの指揮者が実演ではパート間の音量バランスやフレージングの工夫を主にして対応しており、作曲家でも黛敏郎や佐藤眞らも「あの書き方で無いとあの音はでない」と、この見解を支持している。しかし、交響曲第3番4楽章冒頭の金管楽器のコラールではアルト・トロンボーンに再弱音で最高音域をレガートで演奏する(しかも弱音ではお互い音色が合いにくいホルンとユニゾンで)という通常では要求されない様な譜面を書いている事、また先の交響曲1番のエピソードから、個々の楽器の扱いや響きについては意外と無頓着であった可能性も否めない。

後にシューマンのオーケストレーションをパウル・ハインリヒ・メルテンが1975年に論文に仕上げた。この研究結果を、ルイージ・ノーノが実作に用いている。

ピアノ協奏曲は、『ウルトラセブン』最終回の最もドラマティックな場面で挿入されていることから、クラシック・ファン以外にも知られている。「チェロ協奏曲イ短調 作品129」には、ドミトリー・ショスタコーヴィチが再オーケストレーションしたものが存在し、「作品125」が付されている。

大規模な声楽曲と劇音楽
劇的であるより叙情的で、誇張を嫌ったシューマンは、劇音楽の作曲家としては必ずしも成功しなかった。しかし、その中には注目すべきすぐれた音楽が含まれている。とりわけ、1844年頃から晩年にかけて作曲された『ゲーテのファウストからの情景』は、シューマンの内面性が原作の深さと呼応して比類の無い内面的迫力を生み出しており、近年評価が高まっている傑作である。完成には1844年から1853年まで足掛け10年を要しており、その間、他の作品の創作の背後に常に控えていたいわば別格性をもった作品として、作品番号は付されていない。

2009年02月21日

パルス国の万騎長

キシュワード
シャンツェ こせん スーフィ フォーミュ 枯葉の輪舞 ペーンイウ ハヤシライ テラー ミズナラ コード ナウル コメン すぎな 全国情報 黒皮かぼち バイオス 黄金魂 フィーン ハング 明日へ ダッカ がんばれ ダッキ ダーティ 首飾り ヌメア オンシー オーオー シンク フライシト ボヨール アングル モサド フローリス カーフス ハラン フラット りーすりん マテリア 八千代 えびす ストーン シイ人気 ゆうすい ジェション 優しい雨 ソフト ブロック アルジェ ウジュン

[第1部]
パルス国の万騎長。パルス歴代の武門の出で、二つの剣を使うことから「双刀将軍」(ターヒール)と呼ばれる。美髯を蓄えている。アルスラーンとは2羽の鷹が縁で個人的な親交もあった。アトロパテネの敗戦時は、僚友である万騎長バフマンとともに東方国境のペシャワール城塞の守護の任についており、難を逃れた。かつては西方国境の守護に当たっていたが、「生ける城壁」「双刀将軍キシュワードあるかぎりミスル軍はディジレ河を越えるあたわず」と呼ばれるほどの豪勇から、ミスル国が講和の条件として城砦を譲る代わりに彼を東方国境への異動をするよう要望したという逸話がある。戦場を離脱しペシャワール城塞に辿り着いたアルスラーンらを迎え入れ、ルシタニア軍追討に邁進する。アンドラゴラス三世復帰後は謹厳実直な性格から、主君への忠誠とアルスラーンへの好意の板ばさみとなり苦悩する。対ルシタニア戦ではルシタニアの双璧の1人ボードワン将軍を討ち取るなどの武勲を上げる。
[第2部]
クバードとダリューンと並び、大将軍(エーラーン)の候補とされたが、両雄がにべもなく辞退したことからアルスラーン王政下の大将軍に任じられる。第一次アトロパテネ会戦で戦死した万騎長マヌーチュルフの娘・ナスリーンと結婚し、息子アイヤールを授かる。大将軍になってからは前線で戦う機会が減ったが、エクバターナ地下に設けられた蛇王ザッハーク一党の神殿調査の際はダリューンを差し置いて調査に赴いている。
クバード

[第1部]
パルス国の万騎長の一人。31歳。左眼が一文字に潰れている。通称「ほら吹きクバード」。かなりの酒豪で、彼をしのぐ者はファランギースくらいであろうと言われる。豪放磊落で陽気な性格だが、部下や弱者に対しては気配りもよく、部下たちからの信頼も厚い。遠慮しない性格のため、アトロパテネ会戦時国王アンドラゴラス三世が戦場から離脱したのを見て「兵士を見捨てて逃げるような王に従う義理はない」と放言し、一時与力したヒルメスに対しては素顔を仮面で隠すことを痛烈に批判している。アトロパテネの敗戦後は軍を離脱し各地を放浪しており、紆余曲折を経てアルスラーン陣営に加わる。アンドラゴラス三世復帰後は主君に距離を置きつつも離脱したダリューンに代わり万騎長として王都奪還戦に参戦している。片目の傷は伝説上の怪物である「三頭竜(アジダハーカ)」と戦ったときの傷と言っている。
[第2部]
パルス国の万騎長。34歳。アトロパテネの敗戦から王都奪還までに生き残った万騎長の中では最年長だったが、候補だった大将軍の職を「柄じゃない」とあっさりキシュワードに譲った。ダリューンと共に大将軍格とされ、東方のペシャワール城に常駐する。「ギーヴ卿は美女好き、クバード卿は女好き」とされており、ファランギースにも好意を示す。「クバードの車輪戦法」と呼ばれる波状攻撃を得てとし、ペシャワールにおける魔軍襲来に際しては眷属をなぎ倒し、狂戦士イルテリシュに対してペシャワールは未来永劫渡さない、と宣言した。
トゥース

[第1部]
パルス国の武将。20代後半で銀貨(ドラフム)のような瞳を持つ。南方ザラの守備隊長の任に就いていたが、アルスラーンの檄を受けてペシャワール城に馳せ参じる。寡黙な男だが後方撹乱や護衛等の地味な任務も忠実にこなし、アルスラーンからも高い評価を受ける。ナバタイに伝わる鉄鎖術の達人で、多くの敵をこの鉄鎖で討ち取る。
[第2部]
パルス国の万騎長。寡黙かつ沈着冷静ながら亡き戦友バニパールの娘3人を妻に迎え、クバードをして「むっつりすけべ(ハーチムマイマイ)」と呆れさせる。ペシャワールにおける魔軍襲来に際して全治1ヶ月以上の深手を負う。なお、3人の妻を娶るまでの話はパルスの説話になったという。
イスファーン

[第1部]
パルス国の武将。20代前半。中背で引き締まった体、瞳は透き通った琥珀色。アトロパテネ会戦で捕虜になり、ルシタニアのエクバターナ攻略戦の際死亡した万騎長シャプールの異母弟で「狼に育てられた者(ファルハーディン)」と呼ばれる。アルスラーンの檄を受けてペシャワール城に馳せ参じる。均整の取れた肉体をもつ剽悍な戦士。兄譲りの真面目な性格で、本人に乞われてシャプールを射殺したギーヴにはその素行や言動に対する反感もあり、剣で斬りかかるなど激しい一面も見せた。
[第2部]
パルス国の統制官(ミフラーン。万騎長と千騎長の間の地位)。二匹の子狼「火星(バハーラム)」「土星(カイヴァーン)」を保護して自ら育てている。クバードとともにデマヴァント山の封鎖に赴く。その途中の魔物退治の逸話は後世に伝わり、俗謡にもなったという。ペシャワールにおける魔軍襲来に際しては狂戦士イルテリシュと刃を合わせ、彼をかばったバハーラムを目の前で斬殺された。エクバターナに戻る途中で、各地で問題を起こしている「旅の楽士」の噂を聞き、旧バダフシャーン地方へと単騎で赴く。
ザラーヴァント

[第1部]
パルス国の武将。20代前半。パルスでも有数の名門諸侯、オクサス領主ムンズィルの息子で、アルスラーンの檄を受けてペシャワール城に馳せ参じる。膂力に優れた大男。童顔を嫌ってか顎鬚を生やしている。参戦当初はシンドゥラ人であるジャスワントへの偏見も見られたが、一度は剣を交えたトゥラーン人ジムサとの交友を経て和解する。アンドラゴラス三世とアルスラーンとの確執の際、ジムサとともにペシャワール城より離脱し、アルスラーンに合流している。
[第2部]
パルス国の王都警備隊長。第二部になってから重く長大な鎚矛(メイス)を武器にしているようである。王都奪還に武勲を上げ、奪還後はルシタニア軍に破壊された水路の修復を効率的に行なうなど土木事業でも意外な能力を発揮した。エクバターナ都市計画における重要な職務をこなし、作業員らから親しまれ尊敬されている。アルスラーンの指示で無料の施療所を建設する際には実地で指揮を取った。なお、直接的な描写はないが、大食漢で酒好きのような雰囲気が散見される。
ジャスワント

[第1部]
シンドゥラ国ガーデーヴィ王子派の世襲宰相(ペーシュワー)マヘーンドラの部下。ガーデーヴィが王位継承をラジェンドラと争う中、アルスラーンに3度命を助けられる。ガーデーヴィが敗死したことで行き場を失うが、命の恩人でもあるアルスラーンに誘われて彼の陣営に加わる。以後は侍衛士としてアルスラーンの身辺警護の任に就く。復帰したアンドラゴラス三世によって、アルスラーンがパルス軍から追放されると、ダリューンらとともにペシャワールを離脱した。浅黒い肌を持ち、黒豹のような身のこなし。武勇と敏捷はギーウに匹敵し、その剣さばきはシンドゥラの太陽のように激烈であると評される。誠実で生真面目だが温厚な性質で、妓楼のシンドゥラ女に騙されて金を巻き上げられても、同郷の者の役に立てたと喜ぶ始末である。
[第2部]
パルス国の侍従武官で国王に即位したアルスラーンをエラムとともに護衛する。ギーヴらと共にチュルクへの使者となり、その後クバードとともにデマヴァント山の封鎖に赴くなど、アルスラーンの護衛の割に遠出する例も多い。パルス人ではないため蛇王ザッハークに対する恐怖心がなく、他の諸将が事あるごとに動揺するのを不審がる。
ジムサ

[第1部]
遊牧民族トゥラーン国の若き武将。丸顔で少年の面影が残る20歳前後の若武者で、馬上からの剣戟と毒を塗った吹き矢の名手。ザラーヴァントに瀕死の重傷を負わせた事もある。ナルサスの計略でトゥラーンより追われる立場となり、ペシャワール城に保護される。アンドラゴラス三世の復帰で処刑が決まったが、キシュワードの配慮とザラーヴァントの手引きでペシャワール城を離脱、アルスラーン陣営に合流する。ブルハーンという弟がいる。
[第2部]
パルス国の統制官。キシュワードの元でトゥラーン流の騎馬戦術をパルス軍に指導するほか、パルス北方に狼煙台を設置する案を提出するなど、戦略的視点を見せる事がある(このような戦略的視点の発言は、本作の中ではナルサス以外には少ない)。パルス北部国境の調査行に赴いた際、トゥラーンの「親王」イルテリシュが蛇王ザッハーク一派の手により復活したことを突き止め、アルスラーンに報告する。その際保護した少女を王都へ同行するが、名を尋ねようともせず「こまかいの(オフルール)」と呼び続けるほど無頓着な性質。パルス人ではないため蛇王ザッハークに対する恐怖心がない。
メルレイン

[第1部]
山賊を生業とするゾット族の族長ヘイルターシュの息子。19歳。父がヒルメスに殺害された後、敵討ちと消息不明になった妹アルフリードを探してパルスを放浪する。クバードとの出会いやアルフリードとの再会を経てアルスラーン陣営に与することになる。弓の扱いに優れ、「パルスで2番目の弓の名手」と自称する(後にギーヴとファランギースに出会ってこの売り文句を訂正する必要を認めた)。王都奪還においては、アルスラーンから授かった「ゾットの黒旗」を掲げるゾット族を率いて勇戦し、エクバターナに入城する。秀麗な顔立ちながら常に不機嫌な表情をしている(ように見える)ため誤解されやすく、愛嬌を落っことして生まれてきた、などと評されるが、本人は意識していない。ひよわいほどしとやかな女性が好み。
[第2部]
ゾット族の族長代理。22歳。父が妹であるアルフリードを族長に指名していたため、あくまでも自分は妹が戻るまでの代理というスタンスを崩さない。ナルサスの命でゾット族を率いてチュルクに潜入するなど、遊撃部隊として正規軍にはできない活動を担う。クバードと行動を共にすることが多い。デマヴァント山捜索隊に参加したときには、飛行する怪物たちの中にある籠に唯一気がつくなど、その視力のよさを見せる一面があった。
アルフリード

[第1部]
ゾット族の族長ヘイルターシュの娘でメルレインの妹。初登場時16歳。ナルサスに助けられたことが縁でアルスラーン陣営に参加、ナルサスに惚れ、妻になることを目標としている。騎馬民族であるパルス人らしく馬や弓の扱いにも長ける(ただし、「あたしの矢はときどき近眼に」なり、味方を射落としてしまう、とは本人の言)。陽気で気は強いが、同年代のルシタニア人エステルの面倒を見るなど情に厚い性格。ナルサスを挟んでエラムとは犬猿の仲。
[第2部]
ゾット族の女族長(のはず)でパルス国の巡検使。20歳。ナルサスとは未婚のままであるが、心が結びついているので形式はどうでもいい、と本人は納得しているらしい。幾分女性らしさを身につけたが、剣技や弓の腕も向上している。ファランギースと行動を共にする事が多く、オクサス地方への調査行にも同行する。
グラーゼ

[第1部]
パルス国の海上商人。30歳。日に焼けて逞しい容貌の海の男。南方ギランで武装商船「勝利」(ピールズィー)号を統率する実力者でパルス語、絹の国(セリカ)語を始めとして多言語(自称「挨拶ぐらいなら20ヶ国語でできる」)を話す。弁舌、情報分析にも優れる。海賊討伐が縁でアルスラーン陣営に参加し、王都奪還の際にはメルレインやザラーヴァントとともに大量の物資をエクバターナへ運び込み、難民を保護した。

[第2部]
ギランの総督代理。33歳。パルス海軍を率いる武将でもある。ナルサスの指示によって芸香(ヘンルーダ)をシンドゥラから大量に輸入し、半分をエクバターナ、残りをペシャワールに送り届ける任務に就いていたが、折しもペシャワールでは魔軍の攻撃を受けて必死の防戦中であり、彼と彼の部下たちはまたとない援軍となってたちまち形勢を逆転し、魔軍を撃退した。
エラム

[第1部]
解放奴隷だった両親の遺言でナルサスの侍童(レータク)となり、アルスラーンの請いでナルサスが山を降りる際も行動を共にする。14歳。ペシャワールへの逃走やシンドゥラ遠征、アルスラーンの追放、王都奪還に至る道程でアルスラーンと身分を越えた親交を深めていく。ナルサスを挟んでアルフリードとは犬猿の仲。
[第2部]
パルス国の侍衛長(ケシュタク)。17歳。ナルサスを師と仰ぎ、アルスラーンとは兄弟弟子となる。アルスラーンの側近として行動を共にし、お忍びにも同行する。ギーヴ、ジャスワントと共に使者としてチュルクへと赴く。「指図振りがナルサスに似てきた」とはダリューンの評。
パラフーダ

[第1部]
本名はドン・リカルドで、ルシタニアの騎士。30歳。騎士オラベリアの友人で、ギスカール公爵の命を受けた僚友に同行したものの、大地震に巻き込まれてデマヴァント山で行方不明となる。迷い込んだ地下で「恐ろしいもの」を見てしまい、髪も鬚も真っ白なる程の恐怖で記憶を失う。その後近くの村に保護され、白鬼(パラフーダ)と呼ばれていた。公正な性格で異教徒に対してもそれほど偏見を持たず、銀仮面一党と単身対峙するギーヴを見て思わず、多勢に無勢であり騎士道にもとる、助勢せずともよいのか?とオラベリアに問いかけた。大戦後はエステルと共にルシタニアへの帰路に着く。
[第2部]
騎士エステルの従者。33歳。ボダンに勝利してマルヤム国王となったギスカールにルシタニアへの帰国を促す陳情団にエステルと共に参加し、イラクリオンにて旧友オラベリアと再会する。彼の邸宅に滞在中、襲ってきた盗賊と乱闘になり、頭を殴られたことで記憶を取り戻すが、ギスカールの策略によってエステルやオラベリア邸に居合わせたパリザートと共にパルスへ逃亡する。ある人物の死に接して過去の自分を捨ててパルス人パラフーダとして生きよとのアルスラーンの命に、エステルに代わって仕えることを誓い、陣営に加わる。

主な王族
アンドラゴラス三世

[第1部]
第1部が始まった時点での第18代国王。王太子アルスラーンの父親で王妃はタハミーネ。44歳。剛勇無双の持ち主で歴戦の勇者。王位に就く前の大将軍時代にバダフシャーン公国を併合する。剣だけでなく鉄鎖術も巧みである。剛腹だがやや狭量な性格で、為政者としては武に偏り、内政面ではナルサスらの諫言を聞き入れず不正・腐敗を許すなど、君主としてあまり優秀とは言えない面もある。また、海上交易にもあまり興味を示さず、後にナルサスに乗じられる事となった。ルシタニアとの戦い「第一次アトロパテネの戦い」において、ルシタニアに敗北し虜囚となる。エクバターナ解放戦の折にイノケンティス7世とともに死亡。
[第2部]
修復された王墓に新たに埋葬されていたが、地行術(ガーダック)により遺体が盗まれる。
オスロエス五世

[第1部]
パルス第17代国王。アンドラゴラス三世の兄でヒルメスの父。第1部開始時点ですでに故人。
ゴタルゼス二世

[第1部]
パルス第16代国王。オスロエス五世とアンドラゴラス三世の父。第1部開始時点ですでに故人。内政・外交ともに優れた手腕を示し、「大王」と呼ばれたが、とにかく迷信深いという欠点もあった。彼が若かりし頃にある予言を受け、それを盲信してしまった事がパルス混乱のきっかけとなった。

武将・役人など
ザンデ

[第1部]
万騎長カーラーンの子。父カーラーンの死後はヒルメスの側近として活躍する。年齢は20歳くらいの剛力を誇る巨漢で、剣よりも棍棒や槌鋒(メイス)をよく使う。ヒルメスの正統性を心から信じ、絶対の忠誠を誓っている。斥候を用いて情報にも通じ、単なる膂力だけの男ではない事はヒルメスも認めている。
[第2部]
ヒルメスを探してミスルにたどり着き、黄金仮面の下で反アルスラーン派のパルス人を束ねてパルス人部隊の指揮官となる。しかし、黄金仮面がヒルメスの名を騙る偽者であると見破ったため、ミスル国王の命を受けた将軍マシニッサに追われる。最期はマシニッサに騙し打ち同然に討ち取られる。
カーラーン

[第1部]
アンドラゴラス三世の下での万騎長であったが、先王オスロエス五世の遺児であるヒルメスの正統性を信じてアンドラゴラス三世を裏切り、ルシタニアの侵略に協力した。ヒルメスの下で大将軍(エーラーン)を称するが、ナルサスの策略によっておびき出され、ダリューンと戦って落命する。ザンデという息子がいる。
ヴァフリーズ

[第1部]
第一次アトロパテネ会戦時点での大将軍(エーラーン)。ダリューンの伯父。アンドラゴラス三世の腹臣中の腹臣でありながら、アルスラーン、ダリューン、ナルサスにも理解を示す、懐の深い老将。アトロパテネ会戦に先立ち、甥のダリューンに対してアルスラーン個人への忠誠を誓わせる。第一次アトロパテネ会戦後に敗走するアンドラゴラス三世を庇うため手傷を負ったままに、ルシタニア軍の銀仮面(ヒルメス)に討たれる。
バフマン

[第1部]
アンドラゴラス三世の下での万騎長。大将軍ヴァフリーズとは戦友であり親友の間柄で歴戦の老将で、62歳の年齢は万騎長の中で最年長。髪も髭も灰色ではあるが、身体は老人とは思えないほどたくましい。かつてはヒルメスの教育係でもあったらしい。ルシタニアの侵攻時にはペシャワールにいたため、第一次アトロパテネ会戦には不参加。ヴァフリーズよりアルスラーン出生の秘密を知らされ思い悩む。ヒルメスがペシャワールに侵入して発見され、危機に陥った時、バフマンの思わぬひと言がヒルメスを救い、アルスラーンに衝撃を与える事になる。その後、アルスラーンと共にシンドゥラの王位継承戦役に参戦したが、ガーデーヴィの投げ槍に貫かれ、秘密を語らぬままに戦死する。
シャプール

[第1部]
アンドラゴラス三世の下での万騎長。イスファーンの異母兄。儀礼や形式、騎士道を重んじる人物。同じ万騎長のクバードとの不仲は有名で、列に並ぶ時には必ず両端に離れて立つと言われるほど。第一次アトロパテネ会戦でルシタニアの捕虜となる。エクバターナの城門前にて、ボダンによる拷問の最中にパルス軍によって殺されることを望み、ギーヴの放った矢によって射殺された。36歳。
サーム

[第1部]
アンドラゴラス三世の下での万騎長。怜悧で思慮深い人物。城砦の攻防に優れた手腕を有することから第一次アトロパテネ会戦には参加せず、王都エクバターナの守備の任についた。エクバターナ防衛戦で敗れて捕らえられた後、ヒルメスの配下となり参謀として活躍する。アルスラーンがエクバターナ入城を果たした直後、ザッハーク一党の手から宝剣ルクナバードを守る為に命を落とす。
ガルシャースフ

[第1部]
アンドラゴラス三世の下での万騎長。第一次アトロパテネ会戦には参加せず、王都エクバターナの守備の任についた。優れた武将だったが、同僚のサームと比べると即戦即決派で、また奴隷に対しては冷淡な態度をとった。エクバターナ防衛戦で勇戦するも戦死する。
マヌーチュルフ

[第1部]
アンドラゴラス三世の下での万騎長。第一次アトロパテネ会戦に参加し戦死する。50歳。馬術や刀術、弓術に優れ、攻城戦や野戦の指揮を得意とした。書の名人でもあり朗々たる美声の持ち主であった。ナスリーンという娘がいる。
ハイル、クルプ、クシャエータ

[第1部]
アンドラゴラス三世の下での万騎長。第一次アトロパテネ会戦に参加する。
ハイル(及びマヌーチュルフ)に関しては、ダリューンが戦場で出会ったシャプール配下の千騎長から戦死の証言を得たが、残る両名については消息が得られず、限りなく戦死に近い行方不明の扱いである。
ルーシャン

[第1部]
レイの領主。アルスラーンの檄を受けてペシャワール城に馳せ参じる。落ち着いた態度と貫禄のある体格で、髪も鬚も濃い灰色をしている。人望が厚く公正な人柄で貴族にも顔が広い。王太子アルスラーンによってナルサスに代わり、中書令(サトライプ)に任命された。
[第2部]
パルス国の宰相(フラマータール)で堅実に国王アルスラーンを支える。ただし、事あるごとに縁談を持ちかけるため、アルスラーンは閉口気味である。レイの領主時代に破綻しかけていた財政を安定化させ、相続争いを解決する。真面目な人物であるが、ギーヴのような不真面目な者に対しても寛容を示す。
フスラブ

[第1部]
アンドラゴラス三世の下での宰相を務める。武芸には全く素養の無い老人。エクバターナ落城の際に落ち延びようとするがルシタニア兵の馬蹄に踏み潰されて殺される。
ホディール

[第1部]
パルスの諸侯(シャフルダーラーン)の一人。ニームルーズ山中にあるカシャーンの城砦で、逃亡中のアルスラーン一行を迎え入れる。アルスラーンを傀儡とすることを企み彼の仲間を排疎しようとするも失敗し、ダリューンに返り討ちにされる。。
テオス

[第1部]
ナルサスの父でアンドラゴラス三世の旧友。ダイラム地方を領有していたパルスの諸侯。トゥラーン・チュルク・シンドゥラ連合軍がパルスへ侵攻した際の王命に応じて出兵する直前に、階段から足を滑らせて死亡した。
ムンズィル

[第1部]
オクサス地方を領有するパルスの諸侯。病のためアルスラーンの檄を受けてペシャワール城に馳せ参じることができないため、かわりに息子であるザラーヴァントをペシャワールへ遣わした。
[第2部]
甥であるナーマルドを溺愛し甘やかす。実は彼には秘密があり、ファランギース、アルフリードとギーヴの活躍で暴かれる事になる。
(赤鬚)シャガード

[第1部]
アルスラーンの檄を受けてペシャワール城に馳せ参じる。歩兵一万五千を率いる将軍となる。ギランのシャガードとは同名の別人。
[第2部]
バダフシャーン総督。宰相ルーシャンの旧知の人物で、年齢は50近くで赤い鬚をたくわえているため「赤鬚シャガード」と呼ばれる。名家の出ではあるが、実務に通じており穏健で人望も厚い。ルシタニアとの大戦での傷病兵を総督府で雇用するなど、執政官としてなかなかの手腕を誇る。パルスの民としてはめずらしく乗馬が下手な為、輿に乗って移動する。
ルッハーム

[第1部]
パルスの将軍。アルスラーンの檄を受けてペシャワール城に馳せ参じる。グラーゼの腹心であるルッハームとは同名の別人。
[第2部]
老齢ではなかったが、心臓の病で死去した。

2009年02月05日

ウィップ (KOF)

ハイデルン指揮下の諜報部隊「アックス小隊」の新人。怒チームに転属してきた、少女と言っていいほどの容貌である傭兵。階級は未だ不明。ただし、ラルフはもとより怒チームの他のメンバー全員に対して敬礼をするため、レオナよりも階級は低いものと思われる。「ウィップ」はもちろん本名ではなくコードネームであり、この怒チームに来てからクラークが付けたコードネームである。他にもラルフが「ムチ子」というあだ名で呼んでいる。本人は「ムチ子」と呼ばれるのを嫌がっており、基本的にこの呼び名を使うのはラルフのみであるが、クラークもそのように呼ぶ場面がある(『2001』の勝利メッセージ)。怒チームに転属してくる前のアックス小隊時代は「Sally(=出撃)」と言うコードネームで呼ばれていた。
ドール ワーカー イエロー コヒル ナツメグ トリックス パントリ スプーン パハク ツイン イートイ しゃみ プリズム リンゴ ストロベ チュー オムライス 冒険家 サイメッ チュートリ チョン フェニ キャン ファンブル フィス サザン ビエラ デパー 木綿のハン コイズ ラウンド ジンコール パフス マザー オシレー にっけ ベンチ こかげ チョッキ 日本全国 ユニタ タグカード オプテ ユトレ アドイン フリゲート 極楽トンボ トルリン ワスレナ フェミ

正体は、秘密結社「ネスツ」により造られたK'の死んだ実姉のクローン(嬉野秋彦著の小説『The King Of Fighters 2001 -The Gods Themselves』より)とされている。なお、同作者による一連の小説は作者の創作色が濃いが、作者本人があとがきにて「ウィップに関してゲーム本編で出なかった設定をSNKの人に聞いたため、内容に盛り込んだ」と語っている(それが上記の設定であると明言はされていないが、他にウィップに関する設定面の新情報は出ていない)。

小説の設定では、ウィップはネスツのクローン人間技術の実用第1号と言える存在となっている。彼女の成功を元にクリザリッドやK9999等のクローン人間が作られていく事になる。
ネスツ内での名前は「セーラ」。ネスツの幹部クラスの人間もこの名前で呼ぶ。実はオリジナルである死んだK'の姉の本名でもある。前述した「サリー」(SALLY)は「セーラ」(SARAH)の愛称でもある。
年齢が16歳とされているのは、開発者のインタビューで「16歳と言う年齢はあくまで軍に対する本人の自己申告によるもので本当の年齢とは限らない」と発言している。別の理由としては小説版でウィップ本人が語ったところによると、最も身体能力が高いとされる年齢(16歳)に達するようにタイミングを見計らって培養機器から出された為。そのため、弟であるK'が16?18歳であるのに対して、ウィップが16歳(自己申告を信じるならば)と年齢的に矛盾しているのは彼女が姉本人ではなく、そのクローンだからである。

50口径ハンドガン「デザートイーグル」を片手で扱い、特製鞭「ウッドドゥ(その名はアニメ『デビルマン』に登場した妖獣に由来する)」をインディアナ・ジョーンズ以上の腕前でふるう所から、科学と訓練により高められた身体能力の高さが見て取れる。なお、格闘大会のKOFにおいてデザートイーグルは反則と思われるが、そもそもKOFにそうした反則事項が存在しないらしく使用し続けている(小説版では空砲ということになっている)。『2002』では、さらに強力な拳銃スーパーブラックホークまで使用する。

『2000』のエンディングにおいて、ネスツ基地の崩落に巻き込まれる形で行方不明となる。しかし、これはK'に同行して自分の目的を果たすためにハイデルンの元を離れるための偽装であり、ハイデルンもそれには気づいているがあえて言及していない。K'と行動をともにしている間も普通にKOFに出場してラルフ達と顔をあわせたりしているあたり(申し訳なさそうな仕草を見せるが)、ほとんど建前上の偽装工作だったと思われる。ネスツ壊滅後はハイデルンの傭兵部隊に戻っている。

必殺技の解説
必殺技
ブーメランショット "コード:SC"
斜め上に鞭を振り相手を打ち上げた後、二撃目の鞭で相手を絡め取り地面に叩きつける技。SCはShark Castingの略。
アサシンストライク "コード:BB"
鞭を真上の何かに引っ掛けて飛び上がり、画面外から落下して踏み潰す技。一応飛び上がる時にも攻撃判定がある。ボタン入力で画面のどの辺りに落下してくるかを調節出来る。BBはBeach Boysの略。
フックショット "コード:風"
空中で鞭を画面外の何かに引っ掛け、ぶら下がりながら振り子のように蹴りを入れる技。
通称ターザンキック。
ストリングスショット タイプA "コード:優越"
鞭を上から振り下ろし、相手に巻きつけた後飛び上がり、上から踏み潰す技。しゃがみガード不能の中段攻撃。
ストリングスショット タイプB "コード:力"
二撃の鞭で相手を引き寄せる。ヒット後は追撃が可能。下段でも中段でもない割に、連続技になるほど出が速い訳でもないので、これを当てるには工夫が必要。
ストリングスショット タイプC "コード:勝利"
振った鞭で相手の足を取って転ばし、引き寄せた後何度も踏みつける技。立ちガード不能の下段判定。
女王様のように高笑いをするので、喰らった側は精神的にダメージが高い。HIT数も多いので実際のダメージも3種類の中で一番大きい。
ストリングスショット タイプD "コード:アメ"
ストリングスショット系の技を途中でやめる技。一度構えるとこの技で中断しない限り必ず技が出てしまうので、フェイントと言うよりも隙を生まないための技である。
デザートイーグル
背中から銃を取り出し、足元を射撃する技。何度も撃っていると、途中でリロードの動作が入る。『2000』でのみ削除されていた。
格闘大会にしては明らかに反則と思えるが、KOFにはチャンやチョイなどの凶器使い、京や紅丸のように炎や電撃を撒き散らす人間、さらには全身重火器のマキシマが平然と参加しているため、これも問題はないようである。

超必殺技
ソニックスローター "コード:KW"
鞭を高速で何度も振り回す技。射程は短いが、ヒット後は相手を鞭で巻き込み滅多打ちにする。KWはKaiser Walzの略。巻き込まれた相手がウィップの周りを行ったり来たりしてダンスを踊っているように見え、それがコードネームの由来となっている。
インストラクションカードなどで技名のコードネーム部分が省略される事があるが、基本的に違いはない。『2003』以降のアッシュ編では通常バージョンは後述の"コード:DP"に譲り、KWはリーダー超必殺技としてのみ使用する。
ソニックスローター "コード:DP"
『2003』から使用する上記の「ソニックスローター」のバリエーション。出だしの鞭での乱舞は"コード:KW"とほぼ同じであるが、その後ナイフ攻撃→鞭で弾くといった連続攻撃になっている。
スーパーブラックホーク
スーパーブラックホークで真正面に射撃する技。
台詞に『ドーベルマン刑事』のパロディがみられる。
レッドウィップジェノサイド
初出は『XI』。鞭を振り回しながら突進する、ホンフゥの「爆発ゴロー」にも似た技。元ネタは『魁!!男塾』。

2009年01月21日

聖書翻訳においては注釈や解説

翻訳で考慮するべきなのは、注釈や解説によって翻訳文で表現しきれない部分を補うという考え方である。しかし聖書翻訳においては注釈や解説がつかない場合も多い。有名な例では欽定訳聖書はロンドン主教の進言によって注釈をつけなかった。注釈をつけると、各教派の意見がまとまらなくなり宗教対立を再燃させることを懸念した結果だろうといわれている(英語訳聖書の欽定訳の項を参照)。聖書を世界中に普及させることに貢献した英国外国聖書協会もその基本綱領に「註や註解なしで聖書を広く普及させること」を目指し[4]、結果として相当数の部数の翻訳聖書は注釈をもっていない。プロテスタントにはルター以来の「聖書のみ」という伝統があり、神の言葉はそのままで人々に届くはずであるという考え方の下、こうした注釈の無い翻訳が理由づけられてもいた。

これとは対照的にカトリック教会は、カトリック教会の教導なしに信徒が勝手に聖書を解釈することは危険であるという立場をとり[5]、カトリック系の翻訳は一般的に注釈を含む。特にエルサレム聖書(英語、フランス語)やフランシスコ会訳(日本語)は大量の注釈と解説を含んでいることで有名である。

1960年代以降、カトリックとプロテスタントの共同訳作業が始まると、たとえば日本語の新共同訳聖書のように聖書協会も注釈を含む聖書を出版するようになった。

歴史

古代
ユダヤ教のトーラ(モーセ五書)の翻訳は最初のバビロン捕囚のときに始まった。アラム語がユダヤ人の共通語になったからである。多くの人々がアラム語しか話せずヘブライ語が理解できなくなる中で、一般人が祖先の人々と同じようにトーラを理解できるように翻訳されたのがタルグームである。

紀元前3世紀になると、その頃でもほとんどのトーラはヘブライ語で書かれていたが、多くのユダヤ人がエジプトに集まってくるようになった。そこではアレクサンダー大王が彼の名前に因んでアレクサンドリアを造っており、一時期はユダヤ人人口がこの都市で3番目に多くなった程である。ユダヤ人はお互いにアラム語で会話していたし、きちんとした聖書のギリシャ語翻訳も行われてこなかったのだが、プトレマイオス2世の治世になって、ヘブライ語とギリシャ語(コイネー)の両方に堪能なユダヤ人を多数雇い入れられた(文献によって15人とも70人とも言われている)。彼らが行った翻訳が今日よく知られている七十人訳聖書(セプトゥアギンタ訳とも)である。

ローマ帝国期には様々な翻訳があり、オリゲネス(182年 - 251年)は六欄対照旧約聖書(Hexapla、ギリシャ語:sixfold)で旧約聖書の6つの異版を並列表記している。ここには 2世紀のギリシャ語訳であるシノペのアキラ(アキューラスとも)やSymmachus the Ebioniteなどが含まれる。

新約聖書は性格を異にする様々な文書からなっており、その文書がほぼ確定したのは4世紀末のことであったが、個々の文書のラテン語翻訳はそれより以前から行われていた。ラテン語翻訳でもっとも有名なのはヒエロニムス(340年頃 - 420年)によるウルガタ(標準ラテン語訳聖書)であり382年から420年の間に訳された。当初、ヒエロニムスはそれまでのラテン語の翻訳を改訂していたのだが、最終的にはすべての翻訳を退けて新約聖書については原語のギリシア語へと遡り、旧約聖書については七十人訳聖書ではなく原語のヘブライ語へと遡った。このヒエロニムスよりも以前のラテン語訳聖書は今日一括りにして古ラテン語聖書と呼ばれる。

4世紀になって、ウルフィラスUlfilas(311年? - 382年)は新約聖書をゴート語に翻訳。続いて5世紀にはメスロプ・マシュトツ(361年 - 440年)によりアルメニア語訳の聖書が成立。また同じ時期にシリア語訳、コプト・エジプト語訳、ゲエズ語訳(古典エチオピア語訳)、グルジア語訳が成立している。

中世
中世を通じて、聖書翻訳の活動は衰退した。この時代はラテン語が西方教会の共通言語でありラテン語のウルガタが聖書の標準であるが、この言語が通じるのはごくわずかな教養人のみで、一般大衆には馴染みがない。多数の読み書きできない人たちは聖書に直接触れる機会はあまり無く、少数の教養人は新しい翻訳を求めなかった。

聖書は普通のものになりすぎてはいけない、すべての人に読まれるべきではない、安全に読むにはそれなりの学習が要求される、そういう確信のもとに何世紀もの時間が過ぎていくのだが、翻訳が行われなかった訳ではない。たとえばベーダ・ヴェネラビリス(673年 - 735年)による「ヨハネによる福音書」の古英語への翻訳は現存していないものの有名である。古高ドイツ語の「マタイによる福音書」は748年のものとされ、古代教会スラヴ語への翻訳は9世紀末に行われた。

久兵衛 弁慶国内 ユニット ノール とうもろこし レーズン おっくう ジャル パイダー デザート カメオ 四ツ溝柿 ドヤム ハマー ジグ ブルー フライス デリー トレイル 養老 チロリ パンテ スパイラル ティッカー イール シドニー ハナタ フィッ ノンド キーロガー シャワ バクー国内 プレーヤー ピエタ タリン 白い香 オリーブ ライプ カップル 眠り姫 ネブラ リンス 待ちぼうけ ワースト スマート フリーレ ドックス デッサン ズバー

900年頃のアルフレッド大王(849年 - 899年)が公布した法律の前文などには数々の聖句、例えばモーセの十戒やモーセ五書などが引用されており、そうした聖句が民衆語に訳されていたことが覗われる。また990年頃、四つの福音書が西サクソンの古英語方言で書かれており、これらは「ウェセックスゴスペルス」として知られている。

1199年にローマ教皇インノケンティウス3世(1161年 - 1216年)は、カタリ派およびワルドー派を異教とし、非公認の聖書を禁止した。1234年にはトゥールーズ(フランス)およびタラゴナ(スペイン)の教会会議はそのような翻訳聖書の所持を禁じた。このようにヨーロッパの中世では民衆語(ヴァナキュラーな言語)への翻訳が抑圧された時代だとされているが、いくつかの民衆語翻訳は許されていたという証拠もある。

しかし、重要な中英語の聖書翻訳であるウィクリフの聖書(1383年)はウルガタに基づいていたが、1408年のオックスフォードの教会会議で禁書とされた。15世紀半ばにはハンガリーのフス派の聖書が、1478年にはバレンシアのカタルーニャ語方言による翻訳が現れた。このように様々な民衆語への翻訳活動とそれに対する反動が14世紀から15世紀にかけて現れる。

民衆語翻訳に反対する立場に従えば、ラテン語で1000年間十分うまくやってきたのに、新たな翻訳で聖書を台無しにしてしまうことが問題とされた。霊感を受けてウルガタを訳した ヒエロニムスは聖なる翻訳者であり、ウルガタ自体が正典化されていたのである。ヒエロニムスの翻訳を批判することは不敬罪と冒涜に値し、原典テキストへの批判と同等であるとみなされた。このようにウルガタは他の翻訳を排除するための拠り所とされてきたのである。

15世紀の文芸復興で古典と古典語研究が流行し、批判的かつ厳密なギリシャ語学が再び日の目を見た。加えて持ち運び可能な活版印刷の発明が、ギリシャ語原典を広く流布させることに貢献した。グーテンベルクが最初の仕事としてラテン語ウルガタ聖書を印刷したのは1455年のことである。エラスムスや人文学者達はウルガタ聖書への評価を見直し、彼が校訂したギリシャ語原典のテキストを出版して広めることで、ウルガタの正統性を揺さぶった。文芸復興と印刷機の発明が、各国で聖書翻訳の新たな機運を作りだしたのである。

2009年01月14日

中国の明代に書かれた小説

『水滸伝』(すいこでん、水滸傳)は、中国の明代に書かれた小説で、四大奇書の一つ。施耐庵あるいは羅貫中がそれまで講談として行われてきた北宋の徽宗期に起こった反乱を題材とする物語を集大成して創作されたとされる。「滸」は「ほとり」の意味で「水滸伝」は「水のほとりの物語」という意味である。

北宋時代末期に、汚職官吏たちがはびこる世相のため世の中からはじき出された英雄好漢たちが梁山泊と呼ばれる自然の要塞に集まって無法者の集団を形成し、やがて悪徳官吏を打倒し国を救う事を目指すという物語である。
とまま 月の微笑 アテンポ アトゥドア トリビュ ブイWEB イアリン リスト タンザ マルチ ティック ガーナ デジャブ ぴっこ エミュー レーター マルク レンジャー チータ リーシム タカス イミング チャー オペレ トサミズ イチョウ ワラント ギアサン ミヤマ 一意専 ツァーリ テーマ ネメシア チャック プラグ フレンドリー キープトコ えいち リユース パラソル みるいろ ミル スキーヤー ダイウェブ フリータ カツラ ブラジル レジデント パテ シマル


水滸伝の物語は実話ではない。しかし14世紀の元代に編纂された歴史書『宋史』には、徽宗期の12世紀初めに宋江を首領とする三十六人が実在の梁山泊の近辺で反乱を起こしたことが記録されている。講談師たちは12世紀中頃に始まる南宋の頃には早くも宋江反乱の史実をもとに物語を膨らませていったと推定され、13世紀頃に書かれた説話集『大宋宣和遺事』には、宋江以下三十六人の名前と彼らを主人公とする物語が掲載されている。

15世紀頃にまとめられた水滸伝では、三十六人の豪傑は3倍の百八人に増やされた。また、荒唐無稽で暴力的な描写や登場人物の人物像を改め、梁山泊は朝廷への忠誠心にあふれる宋江を首領とし、反乱軍でありながらも宋の朝廷に帰順し忠義をつくすことを理想とする集団と設定されて、儒教道徳を兼ね備え知識人の読書にも耐えうる文学作品となった。とは言え、反乱軍を主人公とする水滸伝は儒教道徳を重んじる知識人にはあまり高く評価されず、もっぱら民衆の読む通俗小説として扱われた。その風潮の中で、明末の陽明学者で儒者の偽善を批判した李卓吾が水滸伝のような通俗小説を高く評価したことはよく知られている。同じ時期に農民反乱を扇動する作品であるとして禁止令が出されており、また清代には京劇の題材にとられ、108人が皇帝に従うという展開が西太后などに好まれた。

中国共産党では、「投降主義」的であると見なされ、降伏経験のある幹部や原則主義的な立場から見て妥協的であるとされる幹部への間接的な批判として水滸伝批判が行われた。1975年の毛沢東の名による水滸伝批判では、宋江が前首領の晁蓋を棚上げして実権を握り、自ら首領となった挙句に朝廷に帰順したことが革命への裏切りであるとして非難され、批判的に読むための連環画形式のものも出版された。これは「四人組による周恩来批判であった」と後に解釈された。

文化大革命が党によって全面批判された後は、このような政治的位置付けは行われなくなり、京劇の上演なども復活している。

『水滸伝』の原本
中国の通俗小説は「回」と呼ばれる講談の一話に相当するまとまりからなるが、現存する版本からの考察では百回構成が最も古い形とされる。容与堂本では、梁山泊に百八人の豪傑が集うまでを描いた七十一回と、梁山泊と朝廷の奸臣たちが派遣した官軍との戦いを描く十回、百八人が朝廷の招安を受けて、北方の契丹人の王朝遼と戦う九回、江南で宋江たちと同じように方臘の乱を起こしていた方臘を官軍として討伐する中で梁山泊集団が壊滅してゆく過程を描いた十回に分かれる。

水滸伝が人気を博するようになると、16世紀頃に最後の方臘戦十回の前に、百回本では叛徒として名前が登場するのみの田虎、王慶の反乱軍を鎮圧するそれぞれ十回が付け加えられた百二十回からなる版が生まれた。これを百二十回本と呼び、もともとの百回構成の版を百回本と呼ぶ。

17世紀の清代に、金聖嘆は百回本のうち物語が面白い部分は梁山泊に百八人が集う第七十一回までであると判断し、第七十二回以降を切り捨てた上で、第七十一回後半を書き改めて最終回とし、かつ回数を整えるため本来の第一回を前置きとし、第二回以下の回目をそれぞれ一回ずつ繰り上げた七十回本を作り、出版した。遼との戦いを含む後半部分を、女真人による異民族王朝である清が忌避したためとする説もある。清代には七十回本が流行し、中国では20世紀に入るまで水滸伝と言えば七十回本を指した。中華人民共和国成立後、七十回本の体裁にならいつつ、回目を復旧した七十一回本も出版されている。

日本では中国と異なって百二十回本が一般的によく読まれ、百回本も読まれるが、七十回本はあまり入っていない。